はみがき

まいにち、はみがきをする

6月1日

6月がはじまった。さっきまで雨が猛烈に降っていて、この世の終わりみたいな天気だなあと思った。陳腐な例え。ツイッターで「ゲリラ豪雨」で検索していたら、同大学の人らしきツイッタラーのネタツイートが流れてきて、なんだか辟易してしまった。こういうネタツイートって、内輪の間だととんでもなくおもしろいのに、外部からみるととんでもなくつまんないな。

あいかわらずの自己否定感と自信のなさと無気力感にさいなまれているけどわたしは元気です。親と電話をする。ちょっとやばいことになっていたので電話で謝るが、正論でぐさぐさとつきさされて声も出なくなり、相槌をうつのもおっくうになり、迷った末に電話をぶちってしまった。しばらく泣いた。自分が悪いのはどうがんばっても事実なのだが、認めたくないし、認められないくらいに子どもだ。おとなになりたい。

あんまり自分の将来のすがたってイメージしてこなかった。実家に帰った時に小学校卒業の時にもらった学年通信が出てくる。みんなが将来の夢について語っているが、少年野球をしていた同級生たちがみんな律儀に「プロ野球選手」と答えているのに感心する。このときの彼らの本気具合を知りたいなと思った。彼らの中から野球選手はおろか、甲子園に出られた人もいないが、みな高校や大学や社会人でも野球を続けているはずだ。ひとりはマルチ商法をはじめたらしい。一方で「陸上自衛官」と答えた男子はきっちり夢をかなえてムキムキのお兄さんになっていた。2年くらい前に夏まつりであったけど、やばい人に声をかけられたとおもって本気でビビった。

さて私である。私が書いたのは「大学の文学部に通い、作家になる」。ふぁー。少なくとも半分はかなっている。これを書いた時の気持ちはあんまりおぼえていないけど、正直本気ではなかったと思う。「文学部に通うのもださいし、作家になるのもださいな」と思っていた、すみません。わたしは典型的ながり勉くそ眼鏡学級委員タイプ(ただしおとなしい)だったので、この見た目で文学部とか作家とかそのまますぎておもしろくもなんともないなと思ったのだ。わりとその気持ちはひきずっていて、文学部に進むことを決めたのは高3になってからだった。

けっきょく自分の人生に客観的おもしろさを求めてきたんだなと思う。いままでもくだらない漫画やフリーペーパーをつくってみんなに読ませてたし、くだらない劇の脚本も書いた。全部中学だな。中学のころが一番楽しかったのかも。自分という人間のおもしろみのなさを自覚しているから、せめてじぶんが生み出すものくらいはおもしろいと言ってもらいたいという気持ち。そしてできればそれは出版物かweb上のものがいいな、という気持ち。もうなんかそれだけだ。そういうことができる大人になりたい。作家になれるかは神のみぞ知る。